キャリア開発セミナー26:社会構成主義的な考え方
次に、社会構成主義という考え方についてご紹介します。社会構成主義とは、物事を捉えるときに、「科学的思考に基づいて現実を見る」という視点ではなく、「現実とは、人々の認知によって作られるもの。すなわち唯一無二のものはなく、絶えず変化していく動的なものである」という視点のことを言います。
虹を見て、日本人は7色であると見えますが、これは小さいころからそのように教わってきたからそう見えるのであって、他国では4色とか5色とかに見えている国もあるそうです。実際に人間の視覚は、他の動物と違って際立って優れているわけでもなく、人種や住んでいる地域によって視覚自体も変わっているとも考えられます。要するに、科学的に7色である証明をして正しさを競うのではなく、雨の後に空にかかる美しいもの、という共感できる視点を持つことの大切さを言っているのです。極端に言えば、人の数だけ「正義」があるということです。そしてその人の数だけ「ストーリー(物語)」があるわけです。
クルト・レビンが教えてくれた「場の理論」でも、行動の原因をその人自身のパーソナリティにすべて帰すことはできないと学びました。その人を取り囲む環境も含めて、その人のストーリーが成り立っています。その人のストーリーまで踏み込んで考える方法を「ナラティブに考える」という言い方をします。ナラティブな人間理解が社会構成主義の基本です。科学的なアプローチを現代(モダン)主義とするなら、社会構成主義はポスト・モダンの1つのあり方です。
人間には、絶対的な真実は理解できないという前提に立てば、宗教戦争や覇権争いの存在を再考する契機にもなるでしょう。
歴史を学ぶときにも、社会構成主義的な考え方が必要かと思います。歴史上のあるときまでは、白人の男性が見ている世界が「真実」であったのかもしれません。いまその正誤を問うというよりは、どうしたら意見の異なる当事者同士で納得解を得られるかの努力をすることが大切で、現代において交渉学やアサーションが注目されているのはその故かと思っています。
「人が嫌だと思うことをしてはいけない」では不十分です。「自分は大丈夫でも、他者は大丈夫でないかもしれない」というところまで意識を向けることができるのか、これが自己理解と他者理解の神髄なのだと思います。
以下の課題(「ハインツのジレンマ」)は、本来は道徳観のあり方についての設例で用いられるものですが、自己理解、他者理解を深める題材として、周囲にいる方々と話し合ってみてください。
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ヨーロッパで一人の婦人(ハインツの妻)がたいへん重い病気のために死にかけていた。その病気は特殊な癌だった。彼女が助かるかもしれないと医者が考えるある薬があった。それは同じ町の薬屋が最近発見したラジウムの一種だった。その薬の製造費は高かったが、薬屋はその薬を製造するのに要した費用の十倍の値段をつけていた。薬屋はラジウムに二百ドル払い、わずか一服分の薬に二千ドルの値段をつけたのである。病気の婦人の夫であるハインツはあらゆる知人にお金を借りに行った。しかし薬の値の半分の千ドルしかお金を集めることができなかった。かれは薬屋に妻が死にかけていることを話し、薬をもっと安くしてくれるか、でなければ後払いにしてくれるよう頼んだ。だが薬屋は「だめだ、私がその薬を発見したんだし、それで金儲けをするつもりだからね。」と言った。ハインツは思いつめ、妻のために薬を盗みに薬局に押し入った。 ハインツはそうすべきだったろうか?
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ハインツのジレンマ
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